サイクルライフ

閑谷学校ライトアップ&夜間ライディング

ランランRUN

スタート

和気の旧閑谷学校で今日からライトアップがあると今朝のテレビで紹介してた。11月7日まで、時間は午後6時から8時らしい。
ちょっと行ってみたいが、自転車で行くとなれば片道4時間。ライトアップしてからむこうを出ると、帰宅が遅くなる。
次の日に休もうとすれば、出発は土曜日になるが、来週は用事があるので今日しかない。
ということで、急遽思い立ったサイクルツアー。とりあえずGoogleマップで道順を印刷してスタート。

出発してちょっとすると変なカカシが目に留まった。国際芸術祭のワラの象のそばに置いておきたくなるような出来栄え。
岡山市の興除で「お米フェスティバル」があるらしいので、それのPRカカシみたいだ。

   遼くんと真央ちゃん?

旭川

土曜日の午後のひととき、天気予報が雨から曇りに変わって、みなさん活発に活動している。
旭川の河川敷の自転車道をのんびり走っていると、橋脚の下でダンスの練習をしている若者たち、 フリスビーの練習(アルティメットという競技らしい)をしている大学生たち、 少年野球をしている子供たちが、目にうれしかった。

 ダンス族  アルティメット族  少年野球達

この道からは、岡山城も見える。後楽園にも多くの車がとまっている。

 岡山城

昼ごはん

何故か腹が空くと思ったら、今朝は夕べの酒が残っていて、ろくな朝食を取っていなかった。
で、入ったのが焼肉屋さん。しばらく焼肉から遠ざかっていたので焼肉ランチをチョイスした。 焼肉といったらビールだろうと、グラスビールを注文して、アルコールが抜けるまでゆっくりと休憩した。
再出発のときにお店の人に道順を尋ねたが、「自転車では登りがきついですよ」というひと言が気になった。

   焼肉!!

瀬戸町と和気町

やはり、ビールなんぞを飲んでロードバイクに乗ってはいけない。
そんなに多くは飲んでいないし、十分な休憩をとって出発したのだが、ペダルをこぐ足が重い。
瀬戸町に向かうまでのちょっとした登りと下り。焼肉屋さんが言っていたほどにはきつい坂ではなかったが、足はいつもより重かった。
瀬戸町から和気町までは山間の田んぼ沿いの道と吉井川に沿う県道。平坦な道だ。
ここまで来ると重かった足はすっかり調子を取り戻していた。
あまり早く目的地に着いても夕方まで時間を持て余すので、ゆっくりと安全ライディングを続けた。

 平凡な瀬戸の山々   吉井川に出る

大池公園

無事に閑谷学校近くまで来たが、ちょっと小奇麗な公園があるので寄ってみることにする。
ここの紅葉もまだ少し早いみたいで、赤く染まった木は少ない。
しばらく休憩して最後の数百メートルを登っていくことにした。

   

閑谷学校

到着

夕方、少し暗くなりかけたころに目的地の閑谷学校に到着した。
自転車で通れる遊歩道のモミジはまだ青いままだった。
駐車場の車のナンバーには神戸や広島などの県外から来た人も多くいた。

 トンネルを通る遊歩道   青いままのモミジ

おみや

到着早々にお土産を売っているテントを訪問。同じ備前市の日生から来ているとのこと。
「かきおこチップス」が新聞に紹介されたらしいのでそれをひとつ。 おつまみ用に「塩干しえび」をひとつ。軽いものを選んだ。
「日生には2年ほど前に行ったかなぁ」とか「倉敷から自転車で来た」などと話していると、 お茶とチョコレートとせんべいをごちそうになった。
疲れた体に熱いお茶がおいしかったぁ。ありがとうございました。

 「かきおこチップス」と「塩干しえび」

夕方の閑谷学校

まずは、石塀の外側から眺めてみる。
楷の木は少し色づいている様子。ライトアップされればきれいに見えるだろう。
やはり外からではよくわからないので、あまり暗くならないうちに、一度入場してライトアップとは違う姿を見ておこうと思った。
「無事到着した」と家に写メールを送ろうとしたが、なんとソフトバンクの電波が来ていないではないか!がっがり。

 校門
 講堂

楷の木

閑谷学校の中でも目に付くのは聖廊の前の大きな楷の木。
明治に植えられたこの木は90年という。大きく立派な枝を張らしている。

     楷の木

講堂

国宝となっている講堂。
このような立派な講堂で勉学に励んだ子供たちは幸せだったろう。
講堂の後ろには、小斎、飲堂、文庫などの建物が付随してある。

 講堂外観   講堂の中の廊下
 小斎
 飲堂
 文庫

火除山

資料館に行くには火除山の脇を通っていく。
西側にあった寄宿舎が火災にあったとき、講堂に火が及ばないように人工的に造られた山だそうだ。

 火除山

資料館

資料館の中は撮影禁止だが、古くからの書物などが展示してあった。
何を書いているのか判読できないし、訳文もゆっくり読む時間がなかったが、池田光政の教育にかける情熱を垣間見ることができた。

 資料館

石塀

校地の周りの石塀は「切り込みはぎ式」という独特のものらしい。
石は苔の跡があり、年代を感じさせられる。

 石塀

ライトアップ

午後5時で見学者は一度退出させられ、ライトアップの準備ができてから再度(料金を払って)入場する。
点灯式では備前市長らが挨拶して、カウントダウン後の午後6時にライトアップされた。
以下の写真をお楽しみあれ。

       楷の木
     講堂
 琴の演奏

記念写真

例によって、知らない人にシャッターをお願いする。
ここでも相変わらずピースサインです。

 楷の木
 講堂

そろそろ

もっとゆっくりしたかったが、帰りの時間もあり、草々に退出した。
しかし、夜の写真は難しい。帰って写真を確認するとあまりうまく撮れていなかった。もっと枚数を稼いでおかなければ。

   退出してから

夜間ライディング

帰路につく

閑谷学校から帰路につく。時刻は6時半。
とりあえず、近隣の吉永駅の近くまで出て、ケータイの電波を確保して自宅に連絡する。 「これから帰るけど、4時間半はかかるから」と。
が、夜間の自転車走行は普通に考えて危険だ。
非常用の輪行バッグは持ってきているので電車で帰ることもできる。
パンク修理キットも持ってきているが、もし暗い夜道でパンクしたら修理作業などできっこない。
タクシーを呼ぶにも番号は知らない。(電波は届いてるだろうが)
奥様に助けを求めても、土曜日の夜はたぶん酒を飲んで寝転がっているだろう。
最悪は、走ってる車を止めて、同乗させてもらうか??
夜道を走るのはそれほどにリスキーなものだ。

ただ、最初から「今日は夜中に走る」と決めてきたのも事実。
電車で安全に帰るか、それとも冒険して自転車で帰るか。
最後まで悩んだ末、ここは初心貫徹でチャレンジしてみようと夜間ライディングに決めた。無謀!!

夜道を走る

実際に夜道を走ってみて、それは想像以上に不快なものだった。
まず、パンクの心配が最も大きかった。
これまで何度となく予期せぬパンクを体験しているので、大変不安だった。
更に悪いことに、自走で帰る途中でタイヤの空気が少ないことに気がついた。
空気が少ないと、パンクする可能性が高く(バルブの首抜けや、釘刺され、リム打ちなど)。
持参しているハンディポンプでは最適空気圧を入れることはできず、「帰るまでもってくれ」と願うだけだった。

次に、サイクルメーターが暗くて見えない。
自分がどのくらいのスピードで走っているのか、確認ができない。走った距離もわからない。
自転車の速度は本人の体調や感情に大きく左右される。 「25km/hで走っている」つもりでも気持ちが乗っていたら30km/hだし、心が萎えていたら20km/hになる。
その速度をサイクルメーターで確認できないのは大変不安なものだ。
腕時計を時々確認しながら、昼間に走った記憶の距離感だけを頼りに自転車を漕いだ。

路面の状態が見えないのも危ない。
道路の左側は車のわだち(アスファルトの盛り上がり)や路面の割れ、工事の後の凹凸、それに事故後のガラス片が残っていたり、と以外に危ない。
これらがあるとタイヤが滑って転倒したり、タイヤが傷んでパンクしたりする。
それらを避けて、できるだけきれいな路面を選んで走りたいが、自転車のヘッドライトは元々それほど明るくない。 更に、今回は思いつきで出発したため、ライトのエネループに充電するのを忘れてしまった。
そのため、ヘッドライトが極めて暗く、2m先の路面しか照らせなかった。
普段なら眩しくてしょうがない自動車のヘッドライトだが、今夜は明るく路面を照らしてくれて、ありがたく思った。

自分を追い越していく自動車も危ない。
「テールライトは点けているが、ちゃんと見てくれてるだろうか?」と、後ろから車のヘッドライトが近づいてくるたびに不安に駆られた。
もう、運転手さんを信じるしかない状態だった。

周りの景色もぜんぜん見れない。
暗い中を走っていては山々の景色、川や海の景色も楽しめない。
仮にきれいな夜空や町の光が見れたとしても、通行が危なくてゆっくり景色なぞ眺めてはいられない。
今夜は星も出てなかったから、最悪だった。

ということで、行くときは5時間かけて行った道のりが、帰りは3時間で到着した。
ほんとに、早く帰りたい一心でペダルを漕いだんだろうなぁ。

結論として、夜間のライディングはぜんぜん楽しくない。
最初から想像はしていたが、実際に体験して、これほどつまらないとは思わなかった。
「もう二度と夜中には走らない!!」と思った。

夜食

走っているうちに腹が減ってきて、思えば、昼に焼肉食べてから夜になるまでろくに食事を取ってない。
「早く飯を食いたい!酒を飲みたい!」との思いで夜道を進んだ。
やっと、自宅付近まで帰り、「ここからは自転車押してもたどりつける」という所まで戻ってきた。
もうここまで帰れば安心して空腹を満たせるだろうと、近所の焼鳥屋に入った。
「早くできるものちょうだい」といって注文し、つくねが胃に落ちたときの安堵感は至福のものだった。
そこで焼酎お湯割りを何杯かと、適当な焼き鳥を食べて自宅まで帰った。

   焼鳥!!

さて、自宅に着いたのは夜の11時。約束どおり、4時間半で帰宅しました。


Copyright (C) 2006 T.Fujiwara , All rights reserved.