サイクルライフ

「瀬戸内国際芸術祭2010」が2010年7月19日~10月31日の間、瀬戸内海の島々を舞台に開催される。
会場は直島、豊島、女木島、男木島、小豆島、大島、犬島、高松港周辺であり、多くの国と地域からアーティスト、プロジェクトなどが参加しているらしい。
日頃、瀬戸内の島に行ってみたいと思っていた自分にとってはちょうどいい機会だったので、ARTの世界に触れながら島巡りをすることにした。
土曜日、日曜日ごとに暇を見つけては自転車を連れて出て行った。できるだけ自転車を連れて行ったが、高速艇などは自転車が載せられないので、歩いて行った。
自転車で回るときはもちろん、徒歩で巡るときでも足跡はGPSで残していった。
そして、7月25日から9月30日にかけて島々を巡り、ほとんどの芸術作品を鑑賞することができた。

  1. 直島(7/25):アカデミックな芸術を来る人に紹介してくれる直島。
  2. 犬島(8/11):古い銅の採掘場の成れの果てを見せてくれる犬島。
  3. 大島(8/13):ハンセン病の方の無念さを思い知らされる大島。
  4. 女木島&男木島(9/12):過疎の島の実態を目に焼き付けてくれた女木島と男木島。
  5. 豊島(9/26):産業廃棄物という負の遺産を必死で隠そうとしている豊島。
  6. 小豆島(9/30):雨に濡れながらの芸術鑑賞を体験させてくれた小豆島。
  7. 宇野港
  8. 高松港
  9. 新岡山港
  10. 宝伝港

しかし、なぜ瀬戸内の島で芸術祭なのか?島を巡るうちにそんな疑問が頭をよぎった。
自分なりに考えると理由は3つ考えられた。

  1. 島は芸術が似合う
    山の緑と海と空の青で切り取られた瀬戸内の島々の景色はそれだけでアートであり、そこに作られる芸術作品にとてもよく似合う。 都会ではなかなか見られない芸術の「置き場所」がある。
  2. 島の人たちはオブジェクトの設置に寛容
    島々は総じて過疎化が進んでおり、高齢者が多くなっている。
    だからという訳でもないが、他人が自分の土地の近くに何を作ろうが、あまり気にしていないのではないか?
    都会では自分の家の近くに妙な家を立てる者があれば、どれだけ説得に回る必要があろうか。
  3. 土地代が安い
    とにかく、土地はいくらでも遊んでいるのだから、タダ同然で新進アーティストにも場所を提供してくれるはずである。

それはともかく、「瀬戸内国際芸術祭2010」ではさまざまな芸術作品を見ることができた。
はっきり言って芸術とはあまり縁が無かった自分である。 しかも大盛況の「芸術祭」という混雑の中ではゆっくりと作品と向き合うこともできなかった。
更に、最近のアートというものは少し違った感覚に訴えるので理解しがたいものが多い。 本当に芸術をわかろうと思うと、その背景まで十分に勉強していく必要がある。 最低、ガイドブックは隅々まで読み込んで芸術祭を巡るべきだが、それに気づいたのはほとんど鑑賞し終わったあとであった。

が、芸術鑑賞とは別に今回の島巡りは貴重な体験をさせてくれた。それは、瀬戸内の島々の過疎の悲しさだった。
芸術祭で出会った人だけでも遠く京都、東京から来ている人たちがいて、それらの人々は純粋に芸術を楽しんだろう。
が、地元に近い自分にとっては島の人々の生活がどれほど寂しいかを改めて感じる島巡りだった。
特に、休校になった小学校を使った展示。その島には小学生はいないとのことだった。
また、自転車ならではの、芸術祭とは関係ない島一周のポタリング。 ここでは、寂れた火葬場を目にしたり、狭い港の小さな集落などを見つけたり、山間の小さな畑などの過疎の実態を見ることになった。
芸術祭が終わった後の島の様子はどうなっているのだろうか。 機会があればもう一度島々を訪ねて、それを確かめてみようと思った。


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